薄っぺらい人生9つ

薄っぺらい人生とはどのような人生を指すのでしょうか。

人に誇れるものが何もないまま生きてきた、気が付いたら何も手にしていなかった、なんていう人生を薄っぺらいと感じる人がとても多いですよね。

しかし、実際はどうなのでしょうか。

そこで今回は薄っぺらい人生をご紹介しますので、ぜひあなたの人生と比べながら参考にしてみてください。

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薄っぺらい人生

 

薄っぺらい人生とは人を心から信じたり愛したりできない人生

 
家族・友達・恋人など、大切な人の存在は人生における1番の財産です。

どんなに経済的に恵まれても、どんなに社会的に成功しても、「人」に恵まれていなければ総崩れになってしまうと言っても良いでしょう。

人と結びつくためには、お互い信じ合ったり、愛し合ったりすることが不可欠です。

従って、自分以外の人を信じたり、愛したりできない人生は、薄っぺらい人生であると言えます。

人を信じたり愛したりしていく過程では、もちろん、傷つくこともあるでしょう。

しかし、それで人を信じたり愛したりすることを諦めてしまっては、自分の人生そのものまでも、薄っぺらいものにしてしまうことに繋がるのです。
 

快楽に溺れる人生

 
刹那的な男女関係をだらだら続けたり、酒や薬物に溺れたり、意味もなくふらふら遊び歩く人生は、その一時だけは楽しく盛り上がるかもしれませんが、それらの楽しみは全て幻です。

ほんの一瞬で終わる快楽だけを求めて生きる人生は薄っぺらく、ヘタをすると、周りにまで迷惑をかけることになります。

人生を長い目で見ることができず、目の前に面白そうなことがあったら、すぐにそこに逃げる人生は、堕落の道へと繋がります。

燃え上がるのも早いけれど、どん底におちるのもまた早いのです。

一時だけの快楽をひたすら求めて薄っぺらい人生を送るか、地道に地味な努力を続けて苦しんでもどん底には落ちない人生を送るかは、その人の選択次第です。

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薄っぺらい人生とは人の意見に左右される人生

 
人と仲良く過ごすことは大切ですが、やり過ぎもまた、薄っぺらい人生に繋がります。

家族や友達・恋人を大切にし過ぎるあまり、その人たちの意見に常に左右され、自分の考えを全く持たない人生は薄っぺらいものです。

どんなに大切な人たちが意見してきたとしても、自分の人生の舵取りをするのは自分なのです。

自分で自分の人生に落とし前をつけられないと、何かあった時に、一転して、人を恨むようにもなるのです。
 

考え方が偏っている人

 
薄っぺらい人生とは自分の意見だけが正しいと思って生きていると薄っぺらい人生だなと感じるのではないでしょうか。

人生は様々な人と触れ合って知識を得たり、与えつつ生きていくものです。

それなのに、自分の意見だけを通し、周りの人間には聞く耳を持たない生き方をしてしまうと、何も得ることも出来なくなりますよね。

そうすることによって、人生経験がとても乏しく、ただの薄っぺらい人生と思われてしまいます。
 

薄っぺらい人生とは何の楽しみもなく暮らすだけ

 
目標も楽しみも何もなく生きていると人生を振り返った時に薄っぺらい人生だったなと感じてしまうでしょう。

小さい頃から夢も無く学校も会社もなんとなく進んでなんとなく生きて死んでいくなんて考えただけでも薄っぺらいです。

幼少の夢を挫折してから、夢は無くなんとなく生きている人は居ると思いますが、多くの人は夢は無くとも趣味など没頭するものがあれば、そこから色々な知識や人脈が広がって薄っぺらい人生では無くなります。

薄っぺらい人生とは、誰にも影響されず、自分だけの道をただひたすら淡々と歩んできてしまうことでそういう人生になってしまうのではないでしょうか。

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上辺だけの人生

 
良く見せたい、良く思われたいばかりが先行して周りに素を出せずに壁を作ってしまい、親友と呼べる人が居なかったり大切な人が居ないと振り返った時にあぁ薄っぺらい人生だなと思いがちです。

若いうちは遊ぶだけで楽しいので遊び友達はたくさん居る人でも、思いやりも無く、ただその時その時で生きていたら環境が変わるにつれて友達が減っていきます。

そんなとき孤独になった自分に薄っぺらい人間なんだなと気付くのです。

それならば、自分の素を出せるような人間関係を作り、支え合いながら、こんな人達に出会えたのだから薄っぺらい人生だなんて思わない。というような生き方をしたほうが幸せですよね。

薄っぺらい人生かそうでないかは、お金でも時間でもなく、人と関わった事によって蓄積された知識や絆の事を表すものと言えます。
 

薄っぺらい人生とはカタログそのままの型通りの人生

 
薄っぺらな人生の中で、その代表例と言えるのが、型通りの人生でしょう。

たとえば女性ならば

「30歳までには結婚。
相手はそこそこの企業に勤めるサラリーマンか、公務員。
親との同居はなし。
子供は2人。
お受験で小学校から私立大学付属校に通わせる。
ホームパーティができる分譲マンション(できれば戸建)を購入し、家族4人で生活。
子供は20代でそれぞれ独立。
孫の成長を楽しみながら、悠々自適のセカンドライフ」

というような青写真を描き、それと大きく隔たっていない人生を送る。これが、型通りの人生の一例です。

もちろん、それを希望しながら実現できない人もたくさんいるわけですから、多くの人から見れば「うらやましい人生」ということにはなるでしょう。

しかし、まったく自主性のないカタログ人生であることはまちがいありません。

冒険心を最初からまったくもたない、つまらない人生ということもできます。

その点で、本人がどんなに満足していようとも、「薄っぺらな人生」と言わざるをえないのです。

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最後に頼りになるのはやっぱり金、という人生

 
「金で買えないものはない」と考えている人は、今でもたくさんいます。

それが間違っているかどうかは、ここでは問いません。

ただし、「人生、やっぱり、金。最後に頼りになるのは金だけだ」という人生が、充実したものだとはとても言えないでしょう。

金銭的にいかに豊かであっても、人間関係や情の世界、特に家族関係に充足感を得られない人生は、やはり空虚な一面があるのです。

逆に、貧乏はしても、家族関係が良好で、愛し愛される人情の中で生活している人は、充足感を実感できるにちがいありません。

ですから、「やっぱり金」という人生は薄っぺらということになってしまうのです。
 

肩書きにアイデンティティを求める人生

 
金の代わりに肩書に人生のよりどころを求めるという人もたくさんいます。

「名刺の肩書きこそ、私が私である証し」という考え方、つまり、肩書にアイデンティティを求める生き方です。

これはたとえば、専業主婦でも同様です。

夫の肩書が彼女のアイデンティティになりますし、子供がいる場合は、進学した学校や就職先が自分を支えてくれる精神的支柱になるのです。

これほど薄っぺらな人生は、ほかにないでしょう。
 

薄っぺらい人生には意味がない

 
いかがでしょうか。

どの人生には厚みがあり、どの人生が薄っぺらいのかはその人の価値観や育ってきた環境でまったく違うものになります。

そして人生に意味を求める人もいますが、それも答えは1つではありませんし、自分自身でしか見つけることができません。

その意味を誰かに聞いてみる人こそ、薄っぺらい人生を歩んできたのかもしれませんね。

しかし、自分で今の人生は薄っぺらくはないと思えた時点で、あなたの人生は厚みを増します。

人生のとらえ方とはそんなものなので、くだらないことに深く考えすぎずに、やるべきことをしっかりと積み重ねて生きていくようにしましょう。

また、もしあなたの仕事が上手くいっていなかったり、職場での悩みがあるのであれば「仕事ができない人の特徴とその対処法9つ」もあわせて読んでみましょう。

きっと今までの悩みや問題が一瞬で解決できるキッカケをつかむことができるはずですよ。

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