羞恥心の心理と羞恥心をなくす方法とは?

羞恥心の意味とは、相手に対して何か失敗してしまったりすることが原因で起こる、恥ずかしい感情や不安な感情のことです。

あなたの今までの人生で一度や二度ぐらいはそのような思いをしたことがあるでしょう。

できることであれば羞恥心を感じにくくなりたいですし、感じたとしてもすぐになくすようにできれば良いですよね。

そこで今回は羞恥心の心理や、感じる理由、そして羞恥心の消し方をご紹介していきます。

ぜひ参考にしてみてください。

【目次】



羞恥心の心理とは

 

自分は人よりも劣っていると思っている

 

人前に出たり、人前で話したりするときに羞恥心を抱く人には、「自分は人よりも劣っていると思っている」という心理があると考えていいでしょう。

コミュニケーション能力が自分にはないと思っているため、人前に出ると恥ずかしく感じてしまうのです。

もし、自分に自信があり、「人よりもうまく話すことができる」という自負があるなら、恥ずかしがらず、むしろ自分から進んで人前に出ようとするはずです。

自信がないからこそ、羞恥心を感じてしまうわけですが、それはコミュニケーション能力に限ったことではありません。

たとえば、仕事でプレゼンをする時に羞恥心を抱くことがありますが、その場合は自分は人よりもプレゼン能力が劣っているという自覚があるためと考えていいでしょう。

「能力が欠如しているため、きっと今回もうまく行かないだろう。うまく行かずに聞いている人から笑われるかもしれない」と考えてしまうために、人前でプレゼンする際に、恥ずかしい気持ちになってしまうのです。

そうしたネガティブな気持でいると、実際にうまく行かないことが少なくありません。

その結果、さらに強い劣等感を抱いてしまうのです。


自分の本心や本当の姿を人に知られたくない

 

初対面の人を相手にする時、羞恥心を抱くということがよくあります。

特に人見知りというわけではなくても、相手が初対面の人の場合、恥ずかしい気持ちになることもあるに違いありません。

そこにあるのは、「本当の自分を知られたくない」という心理と考えていいでしょう。

人と話をする時、「自分のありのままの姿を相手にさらけ出そう」という意識があれば、積極的な気持ちになれますから、羞恥心を抱く必要はないはずです。

人間は、自分の本当の姿を相手に知られまいと思うと、偽った自分を演じたり、本心を隠そうとするために、恥ずかしい気持ちになってしまうのです。

これは親しい人と対面する時のことを考えてみればわかりやすいでしょう。

親しくなった人と話すとき、いちいち「恥ずかしい」という気持ちになる人はいません。

親しい人の前では、本当の自分をさらけ出し、偽りのない本心を見せることができるため、恥ずかしいという気持ちにはならないのです。

自分をよく見せたいとか、心の中で考えていることを知られないようにしようと思うからこそ、羞恥心を抱くと考えていいでしょう。


自意識過剰で人の目が気になって仕方がない

 

たとえば、会社の会議で進行役の人から意見を求められたとしましょう。

その場合、大勢の前で意見を発表することになるわけですが、そんな時に羞恥心を感じるということがよくあるに違いありません。

なぜ、意見を言うことが恥ずかしいのか、それは「自分は人から注目されている」という心理があるためと考えていいでしょう。

会議で意見を発表するというのは、ふつうのことなのですから、特別人から注目されるということは、実際にはそうはないはずです。

意見を言う大勢の中の一人が大注目を集めるということはないにも関わらず、「自分は大注目を集めている」と思うために恥ずかしい気持ちになるのです。

そこにあるのは、過剰な自意識にほかなりません。

自意識過剰な人は、自分は人から注目されているという意識を持ってしまいがちです。

たまたま異性と目が合っただけでも、「相手は自分に特別な関心があるのかもしれない」と考えます。

そうした意識が、「異性から見られて恥ずかしい」という心理を生むと考えていいでしょう。

実際にはたまたま目が合っただけなのに、一人で勝手に勘違いして、恥ずかしい気持ちになるというケースです。

人の目が気になって仕方ないというのが、このケースでの羞恥心を感じる心理ということになります。


羞恥心を感じる理由や原因とは

 

集団に所属していたいという欲求

 

人間を始めとして生物の多くは、生まれながらに所属欲求を持っています。

集団のなかにいたい、同志を得たいという欲求です。

野生の生物にとって、孤独は大きな敵となります。

個体では繁殖もできなければ、満足に外敵から身を守ることもできない生物たちにとって、仲間を作るという行為は命綱に他なりません。

今より何千年も前の時代から、動物たちは群れを作って生活し、共に命を支えあうことで繁栄を続けてきました。

所属欲求によって人間は、集団の中で集団に馴染んで生きていける能力を求めるようになります。

群れに馴染めない生き物は、群れから排斥されるのが野生の摂理であるからです。

集団と1つになりたい所属欲求が、集団から逸脱しようとしている自分に対して、警告として発するのが羞恥心です。

仲間から注目されて目立ってしまっている時や、仲間と同じ行動がとれずに失敗してしまった時に、羞恥心を発生させて、脳は自身の行動を修復しようとします。

人間の羞恥心は、集団に所属していたい欲求を原因とする、生物の生存本能なのです。

所属欲求の強い人ほど、集団から外れている自分を許容できずに、羞恥心を強く抱くようになります。


自分を良く見せたい自己愛の精神

 

思春期から大人へと成長する過程で、自己に対する何らかのコンプレックスを感じた時に、自分を守るために自己愛の精神が強く働くことがあります。

自分を優れたものと考え、自己を称える精神です。

自己愛が外部に向けられた場合には、自分を良く見せたい、他人からよく思われたいという欲求に変わります。

人からよく見られたいという欲求を持ち行動した内容に対して、想定外に悪い評価を持たれてしまった場合には、理想と現実のギャップによる大きな揺り戻しが発生します。

その揺り戻しこそが、自身の尊厳を揺るがすほどの強い羞恥心を感じる原因です。

今すぐ衆目の中から消え去ってしまいたいという羞恥は、脳による早くその場から離れるべしという指令が変化したものです。

人の評価を集めたいと行動を起こしたにも関わらず、その真逆の結果となってしまった時、脳は大いに混乱します。

羞恥心は、不安や悲しみや恐れといった感情が混ざり合って作られる、パニックに陥った脳の状況そのままを表した思考です。

自己への期待が大きければ大きいほど、それが裏切られた衝撃は大きく、しばしば感情のコントロールを失うことにもなります。


自己評価の低さや自信のなさ

 

羞恥心を持つに至る理由が、他者の言動にばかりあるとは限りません。

羞恥心は対人不安の1種ですが、不安を感じる相手は実在の相手である必要はないのです。

想像の相手を前に、自己評価の低さや自信のなさが原因となって作られる、羞恥心もあります。

他者と比べて能力の劣る矮小な人間と、自己に低すぎる評価を下すことで、人の前に出るだけでも劣った自分を晒していると羞恥を感じるようになる、その思考回路は正に呪いです。

実際の失敗ではなく、失敗する場面を想像するだけで発生してしまう羞恥心は、その後の行動の制限に繋がります。

脳は失敗を防ぐため、ダメージを少なくするために羞恥心を作り出しますが、自己の誤った評価によって作り出される羞恥心は、ブレーキ役としての正しい役目を果たすことができません。

通常の羞恥心を防衛反応と例えるのなら、自己評価が低いことによって生み出される羞恥心は、脳による過剰防衛です。

自己の評価を正当に下せない、自信を持てない状態は、強いストレスを感じる環境に身を置くことで生じます。

絶対に失敗できない案件を抱えている時や、ミスしている姿を見せたくない人が目の前にいる時などに、羞恥心が強まるのはそのためです。

 

羞恥心をなくす方法とは

 

完璧を目指さない

 

羞恥心を覚えやすいタイプというのは、得てして完璧主義であることがほとんどです。

完璧な自分を他者に見せたいという気持ちが人よりも強い傾向にあるからこそ、ちょっとしたミスを大きなものに感じ、それを恥だと思ってしまいます。

いつでも万全の状態の自分でありたい、他者から素晴らしい人物であると見られたい、そうした願望が大きすぎるのが厄介なところです。

しかし、実際のところ本当に自分に自信があれば、そもそも些細なミスなど笑って済ませることができる程度に心に余裕を持つことができているはずですし、完璧であれと背伸びしようとするからこそ、それができない自分に羞恥を感じてしまいます。

無理に完璧を演じようとするのをやめてしまいましょう。

完璧ではなく、自分にできる範囲で精一杯やろうとすればいいのです。

変なプライドばかり高くても心が疲れてしまうだけですし、無理をしようとしても余計に失敗を重ねやすくなります。

100を絶対とせずに70で満足する、ミスをしても取り返しのつくものであれば恥ずかしいことではないと気楽に構えることです。

完璧ではないことは恥ずかしいことではありません。


あえて人に注目される

 

なるべく目立つところに出たくない、自分のことはその他大勢として認識してほしい、羞恥心を感じやすい人は他者に個を認識され注目されることが苦手です。

受け流される程度の存在であれば、恥ずかしい失敗をしてもさらっと受け流してすぐに忘れてもらえるでしょうし、悪い印象を他者に残してしまうことが何よりも嫌なのです。

しかし、そうはいっても失敗をしない人なんていませんし、羞恥心を感じずに生きていくことも難しいでしょう。

ですから、あえて多くの人に注目をされるように人前に出る機会や、多くの人の前で発言する機会を増やしてみてください。

これまで避けていた行為に身を晒してみるという荒治療を行い、要するに、羞恥心を小さなものに感じられるように慣れさせてしまいます。

恥ずかしさを感じる場面が少ないからこそ、小さな失敗や後悔がとても大きなものに感じられるのです。

それならば、それを当たり前のことと受け止められるくらいに「普通のこと」にしてしまえば、その経験が羞恥心の克服に繋げられます。

最初は勇気がいる行為ではありますが、一歩踏み出してしまえば簡単です。

 

自分を客観的に観察する癖をつける

 

羞恥心は、過剰な自意識から生まれるものです。

しかし、自分の中では人前でとても恥ずかしい行為をしてしまった、みんな心の中で自分を笑ってバカにしているに違いない、そう思っていても、人は案外他者に対してそれほどの興味を持っていません。

恥ずかしがっているのを見て何かしら思うことがあっても、その場限りで大抵の人はすぐにその印象を忘れてしまいます。

案外、自分というのは他者の中で小さな存在なのです。

自分が他者の恥ずかしいところを見てどう感じるのか、それを想像すれば簡単でしょう。

ですから、自分のことをそれほど意識している人はいないと客観的に自分を観察する癖をつけるようにしてください。

置かれている状況、他者から見られている自分を主観的ではなく外から見るように心がければ、自分が四六時中目を離せない存在ではないことや、他者の心を独占するくらい印象深い存在ではないことがわかります。

むしろ、自意識過剰になってしまっていた自分が一番恥ずかしい勘違いをしていることを自覚するはずです。

客観性を意識し、正々堂々としていれば問題ありません。


羞恥心は恋愛にも多い

 

いかがでしょうか。

羞恥心と聞くと、大勢の前で離さなければいけない場面などを思い浮かべる人が多いかもしれません。

しかし、それだけでなく恋愛の場面でも羞恥心はあります。

相手と対等の立場であればあまりそういう感情は起こらないかもしれませんが、あなたの方が立場が下だったり、あなたのほうが相手のことが好き過ぎるケースは羞恥心を感じます。

緊張しすぎて失敗するなどがその典型でしょう。

相手がそんなあなたを優しくフォローしてくれるのであれば、次第に収まってくるでしょうが、そうでなければその人と会う度に感じるはずです。

もし、一定以上続くのであればもしかしたら相性が合っていない可能性もあります。

羞恥心を感じ続ける日々はきっと辛いですよね。

一度冷静になって、今後の付き合いを見直すきっかけにしてみてもいいかもしれません。

また、もしあなたの仕事が上手くいっていなかったり、職場での悩みがあるのであれば「仕事ができない人の特徴とその対処法9つ」もあわせて読んでみましょう。

きっと今までの悩みや問題が一瞬で解決できるキッカケをつかむことができるはずですよ。

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